1分小説

【1分小説】思い出だけはキレイなままでいさせて。|連載①

 

ふぅーっと細く、長く、ゆっくりと甘い煙が吐き出されていく。

タクちゃんは骨ばった指にタバコを挟み、目を細める。

 

ーーあぁ。やっぱり私はこの仕草に弱い・・・。

 

美江(よしえ)は、今から別れを切りだそうと思っているタクヤの煙草を吸う仕草を見て、心がキュッと鳴るのを感じた。

*ーーー*ーーー*ーーー*ーーー*

 

2人の出会いはファミレスのバイト先で美江が高校3年生、タクヤはちょうど大学を卒業したころだった。

 

まだ高校生だった美江にとって、タクヤのやることなすこと全てが大人に見えた。

 

バンドで成功するために就職せずあえてフリーターを選択しているところも。

彼に遊ばれた女の人がバイト先まで泣きついてくるような、女たらしのところも。

 

そして、何よりバイト終わりにシャツをゆるめて気怠そうにタバコを吸う仕草が美江はたまらなく好きだった。

 

 

1年片想いして、彼の方から告白されたとき美江は天にも昇る嬉しさだった。

 

付き合ってからも彼は魅力的で、美江に色んなことを教えてくれた。
初めてドライブしたのも、初めてバーに行ったのも、初めてのキスも全部タクヤ。

 

けれど、美江が大学を卒業して就職してから2人はすれ違うように。

 

美江の仕事が忙しかったせいもあるが、社会に出て仕事ができる大人たちに囲まれてると、いかにタクヤが口だけの薄っぺらい男なのか否が応でも気付かされたのだ。

 

バンドで成功したいと言いつつ、お酒を飲みすぎてバンド練習をサボったり。お金がないのに昼間はパチンコばかりしていたり。

 

昔は魅力的に見えていたそのだらしなさが、どんどん嫌いになっていく。

恋の魔法が解けていくのを美江は感じていた。

 

そして先日、久しぶりに仕事が早く終わった美江は合鍵を使ってタクヤの家に寄ったところ、ベッドにはケバい金髪の女がいた。

 

(・・・もう潮時かな)

 

*ーーー*ーーー*ーーー*ーーー*

 

浮気現場を目撃してから一週間後、美江は「話がある」と言って吉祥寺のくぐつ草というカフェに彼を呼び出したのだ。

 

 

タクヤはカフェに来てからずっと黙ったままだ。

 
 

思えば、最初にこのカフェを教えてくれたのも彼だった。

「ここのカレーがすげー美味いんだよ。あとタバコ吸えるしな」

初めて彼がくぐつ草に連れて来てくれたとき、洞窟のような仄暗い空間に胸が高鳴ったものだ。

 

実際ここのカレーはとても美味しく、特にセットのコーヒーが気に入った。

 

変な酸味や雑味がなくまろやかで、苦いのが苦手な美江でもミルクなしで飲めたのだ。

 

(こんなお店まで知ってるなんて、やっぱタクちゃんってすごい・・!)

 

あの頃の美江にはタクヤの何もかもが輝いて見えていたのにーーー。

 

 
 

「話ってなんだよ?」

タクヤの声で、昔を思い出していた美江の思考はストップされた。

 

タクヤは美江の方を全く見ずそっけない。
でも、タバコを持つ手が少しだけ、ほんとうにに少しだけ震えているのを美江は見逃さなかった。

 

美江は大きく深呼吸する。ここが正念場だ。

 

「・・・うん。あのさ、私たちもう別れよう」

タクヤはふぅっと煙を吐き出す。

 

「タクちゃん家に置いてある私の荷物は、全部捨てちゃっていいから。

・・・今まで本当にありがとう」

 

よかった、この店の照明が暗くて。泣きそうになってるのがバレずに済む。

 

 

「・・・話ってそれだけ?」

タクヤはポツリとそう言った。

「うん」

「あっそ。じゃ、俺行くわ」

 

そう言って、タクヤは表情を見せないようにまだ全然吸ってないタバコの火を消してさっさと店を出て行ってしまった。

 

3年も付き合ってたのになんてアッサリしたお別れ。

 

でも最後まで強がるところがタクちゃんらしい。

 

 

美江はしばらくぼうっとしていたが、おもむろにまだ煙がたゆたっている吸い殻を口にくわえてみる。

 

 

ほんのりと甘くて苦い、タクちゃんの匂い。

 

 

ーーー好きだった。大好きだった。

 

 

じわじわと視界が滲んでいく。

 

 

 

タバコを灰皿に戻し、美江はコーヒーをひと口飲む。

もう冷めたコーヒーは、ほんのり涙の味がした。

 

 

この小説の舞台となった吉祥寺くぐつ草のレポ記事を読んでみる?

【感想】吉祥寺「くぐつ草」はカレーとコーヒーが激ウマだった。雰囲気も良いし味も良いおすすめランチ。どーも、りんご🍏です。 以前、テレビか何かで東大生はカレーが好きという話を聞いたことがあります。 何でもスパイス...